子どもってすごい
エチカ見ました?
子どもってすげー。それはもう笑ってちょっと引いてしまうほど。なんだあの子どもたちは。横峰おじさん、言っていることは正論で確かに絶対的にそんなに特殊なことをやっているわけではないんだけれど、相対的にはかなりユニークでしたね。
読み書き、運動、音楽。あんだけできたら最強じゃんって思っちゃいますよ。彼らがどんな風に育っていったのかはわかりません。そりゃあその後の教育次第ですし。ただあんな風に育てられた子どもたちと互角に戦っていけるのか?と思っちゃいました(苦笑)
やっぱりどんな育て方をするかがその人を形成していく上で最も大事ですよね。
世の中の多くの大人たち(もう自分もそんな歳か?)は近頃の若者はと不平不満をこぼしまくる。
では、その若者を育ててきたのはいったい誰なんだ?と言いたくなります。
周りが見て取れるくらいの人格を持ち始めたこどもはいつのまにか勝手に自己責任を負わされて、勉強ができなかったり、勉強をするということが出来なかったりするのはそのこども自身に責任があると。
世の中で邪険にされている不良と呼ばれる彼らだって、最初から不良だったわけじゃないはず。育て方によってはノーベル賞をとるような人になったかもしれない。周りの大人や生活環境が彼らをいつの間にか不良に仕立て上げ、育った体を基準に、その責任はすべて彼ら自身に当てられる。不良がやる誰かを傷つけることは僕は嫌いだし、間違っていると思う。けれども、彼らはたぶん僕らが経験していない何らかの悲しみを負っているんだとも思う。
歳をとると昔のことは忘れてしまう人が多いんでしょうね。うちの父もよく言っていました。
自分が同じ状況だったときは出来なかったくせに、こどもにはそれが出来ないと不平不満をぶつけると。そして、そうなってはいけないと。
その歳、その立場のときにどんなことを考えていたか、どんな気持ちを抱えていたか。これをやはり僕らは忘れてはいけない。少なくともこどもや年下の人に対しては彼らが今どんな気持ちなのかを考えようとしなければ。
歳をとって経験積んで、えらそうなこと言えるんだから子どもや部下をやる気にさせるくらいの余裕は持てるはずだし、そういう余裕を持った人間になりたいもんです。そして、そういう人が増えていけばなーと、とても思います。
自分が子どもを持つのかは皆目検討がつきませんが、後輩だったり、知り合いの子どもだったりには余裕を持った対応をしていきたいですね。
横峰おじさんは子どもは、その気にさせればなんでもできると言っていましたが、僕らくらいの歳になったらどうなんでしょうかね。なんとなく難しいって感じはしますけど、ちゃんと時間を割いて同じようなトレーニングを積んだらいろんなことが開花するのかもしれませんね(笑)
たぶん子どもと同じことができない大きな要因は、
時間に縛られていること
基礎的な能力アップは仕事とかの結果としてすぐにみえることができないから
これらに尽きるでしょうね;残念ながら;
もっと運動とか脳トレ的なことをしようかなー。
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